

山口
渡辺さんとは出身校が同じで、その縁をきっかけに知り合いました。私は香水のことはあまり詳しくありませんが、「日本人が使いたいと思える香り」という発想をはじめとした既存の香水にはない新しいフレグランスを生み出しているçanoma(サノマ)は、とても興味を惹かれる存在です。
香水というと華やかなイメージがありますが、çanomaの香りは落ち着く感じ。でも記憶に残るような、不思議な印象です。
渡辺
香水はもともとヨーロッパの社交界と深く結びついている歴史から、ハレとケでいうと“ハレ”の存在ですが、çanomaは“ケ”のほう、“日常”を意識しています。ブランド名の由来になっている「茶の間」という日常の空間と、「茶道」にうかがえる上質さを掛け合わせて、「上質な日常」をテーマにしています。
北
「1-24 |鈴虫」「7-18 |浮舟」といった名称や、情報をそぎ落としたパッケージデザインも素敵です。この数字は何を表しているんですか?

渡辺
制作した順と、その香りが何回目の試作で完成したかを示しています。たとえば「1-24」なら、1番目につくり、24回のレシピの修正でできあがった香水、という意味です。規制変更などでレシピを変えた場合に、この数字を更新することで使う方にわかるようにしたいので。また、ラベルのマークも、製品ごとにちょっとずつ違うんです。
北
あ、本当だ。おもしろいですね。
渡辺
ラベルのマークは「源氏香之図」といって、源氏物語にちなんだ香りの組み合わせを示す図案を使っています。わずかな違いですが、たとえば催事などで接客をしていると、お客さんにとってちょっとした引っ掛かりになっているなと感じたりします。
山口
香水の領域には、実際に香りを調合する調香師という仕事があると思いますが、渡辺さんは調香師ではないのですよね?
渡辺
はい。私の役割は、香りのディレクションです。çanomaでタッグを組んでいる、フランス人の調香師で経験の厚いJean-Michel Duriez(ジャン=ミッシェル・デュリエ)に、香りのイメージを伝えて試作してもらいます。それを受けてフィードバックし、調整してもらうのを何度も繰り返して完成品に近づけていきます。
ただ、調香師と会話する上で一定の知識は必要ですが、ディレクターが香料に詳しすぎると、かえってクリエーションの幅を狭めてしまうこともあります。技術的に可能かどうかより、自分の感覚や感性を意識するようにしています。
北
その考え方は、私がプロダクトデザインをする時と近い考え方がありますね。例えば、理想の形をデザインに取り入れる際には、モノが作られる工程を理解していないといけない。しかし、つくられる工程を意識しすぎてしまうと逆にアイデアの幅が狭まってしまう場合がある。プロダクトデザインもそういったバランス間隔が重要だったりします。

山口
香水のことを考えたとき、まず、香水は一つの商品でありながら「触媒」でもあると思ったんです。身にまとった自分の気分が変わって、普段よりちょっとポジティブになったり、リラックスしたり。渡辺さんが香水をつくるとき、香水そのものを突き詰めていくのか、それとも「誰かが身にまとったその先」も想像するのか、どんな感じなんでしょう?
渡辺
前者が近いかもしれないですね。ただ、身にまとって作用を及ぼす「触媒」的なところは、香水自体のおもしろさにも含まれると思うので、前者と後者はオーバーラップする部分もあると感じます。
山口
両方を考えるけれど、いわゆるユーザー体験重視というよりは、香水そのものに軸足がある?
渡辺
そうですね。こっちはこっちだけど、そちらはそちらで好きにどうぞ、という感覚(笑)。世に送り出したら、あとは使う人に委ねるような感じです。
でも、使う人に委ねるといっても、「商品に“余白”を残す」といった言い方は好きじゃないんです。余白という言葉はよく使いがちですが、私としては、技術力のなさをごまかしているような気がして。こちらはつくり手として“良さ”を追求したアウトプットを提示しているので、そこに余白はあるべきではないと思っています。
北
プロダクトの場合、たとえばポータブル照明なら、デスクや屋外でも使えるよう、多様な使用シーンを前提に設計することがあります。ユーザーには一定の自由を委ねつつも、品質を損なう使い方にならないよう、設計側がコントロールする“余地”があるものです。香水の世界には、そのような概念はないのですね。

渡辺
そうかもしれないです。照明だと、読書用とか雰囲気の演出など、ひとつのプロダクトに複数の用途があると思いますが、香水は「香る」以外に機能がありません。また、主観のばらつきがすごく大きいのも香水の特徴です。仮に香水メーカー側が「マッチョな男性に使ってほしい」と思ってつくっても、そのように捉えられるかどうかは受け手の主観によります。çanomaではやりませんが、そういう部分を広告やボトルのデザインなどで補うケースも多いです。
山口
香ることしか機能がない、という点は、商品として“制約”ともいえますね。一方で香水は、男性的とか女性的とか、華やかとか穏やかとか、その香水がまとう雰囲気や印象をいくらでも広げられる。不自由さと自由さが共存しているなと思ったのですが、そのあたりをどうお考えですか?
渡辺
共存というのは、おっしゃる通りですね。本来、香水は五感のなかで嗅覚だけと結びつくもので、他に何も影響しない。本当に自由なんです。身にまとえば、もうブランド名すらわからない。だからこそ、正解がどこにあるか、すごく見極めが難しい。自由さと不自由さのなかで、まだ誰も見つけていない正解にどうたどり着くか、がとても重要だと感じています。
山口
その正解を模索する中で、渡辺さんは何を追求されているんでしょうか? 自分らしい、çanomaらしい、個性のある香水?
渡辺
それでいうと、個性は追求していないです。むしろ普遍を追求していると認識しています。「つくり手が個性を追求する」というのは、極めて自己満足的な行為だと思うんですね。香水に限らず、どんなつくり手も、普遍を追求すべきだと考えています。
たとえば100年以上愛されるような香水がある一方、ワンシーズンで消えてしまう香水も山ほどある。この差は何だろうと考えると、個性や好みでは説明がつきません。普遍を追求した先に、唯一無二の個性的な部分が現れてくるものではないかと感じています。
山口
そうすると、普遍を追求した先の、香水が“完成”する瞬間、というのはいつなのでしょうか。プロダクトやブランドは、使ってもらったり受け入れてもらったりして完成に近づいていく、とも捉えられますが、香水も、人に使ってもらって“完成”する、という見方もできるのかな、と。
渡辺
たしかにそういう見方もできますが、私自身は、“完成品”を送り出しているつもりです。試作を続けていくと「これで完成」と感じる瞬間があるんです。使い手のことを考えないわけではないですが、私の興味が、たぶん「自分が納得する完成品ができた」ところで止まるんですよね。
なので、催事などでçanomaの商品が売れていくのを見ると、自分の一部を持ち帰られているような、どこか不思議な気持ちになります。「どうしてこの人は、私がつくった香水を使うんだろう」と疑問に思うんです。もちろん、品質にこだわってつくっているので、売れてほしいですし、嫌な気持ちはまったくないのですが、かといってあまりハッピーな感覚でもない。たぶん私は、使い手にあまり意識が及んでいなくて、自分の中で世界が完結しているように思いますね。
香水は、ファッションとして消費される商品である一方、アート性で評価される部分もあります。そこが、他の製品とは少し異なるところかもしれません。

山口
普遍の追求、とても興味深いです。広告は、受け手に興味を持ってもらうための“引っ掛かり”が必要で、ときに奇をてらう必要があります。個人的に、その点と、普遍的に愛されることを目指すブランドデザインとの間で、けっこう揺れることはありますね。
渡辺
何となくわかります。私も、そうは言っても引っ掛かりや違和感は大事だと思います。とてもきれいに組み立てられている香水は、それはそれで魅力に欠けていたりするんです。
北
完璧すぎて、印象に残らないような?
渡辺
そうなんです。つるつる、すべすべしているだけではだめで、どこか飛び出しているところがあることが、香りの造形においてすごく重要です。
香りは嗅覚で感じるものですが、実は聴覚と嗅覚って違和感に対するキャパシティが少ないんです。ちょっとの不協和音や嫌なにおいでもすぐに気づきますよね。だから、香水をつけているどの瞬間も、嫌なにおいがせず、かつ魅力につながる違和感が出るように、時間軸を加味して設計する。プロダクトデザインやブランドデザインにも、似たような配慮があるかもしれないですね。
北
そうですね。プロダクトにおいて、普遍的に長く使えるための機能性や耐久性は、欠かせない要素です。一方で、長く使いたいと思えるような情緒的な引っ掛かりがあることも、モノの魅力を支える重要な軸です。そこに重なる部分があると感じました。

山口
その違和感を含め、香りのレシピは、どのようにデザインされるのでしょう。「新しい香り」は、どう生まれるんでしょうか?
渡辺
新規の香料が開発されて生まれるケースもありますが、多くは、既存の香料の“組み合わせ”が発端になります。こう組み合わせると絶妙に新しい香りになるね、という。その香料のレシピを、“調和”という意味の「アコード」と言います。これは香水業界だけでなく音楽業界でも使われていて、その場合は和音を指します。
既存の香りでも組み合わせや配合量を試すなかで新しいアコードが生まれることもありますし、時代の流行を反映して香水業界に全く新しいアコードが生まれることもあります。
北
香水は目に見えないものなので、実体があるプロダクトのデザイナーである僕からは、とても新鮮に感じます。特に「トップノート/ミドルノート/ラストノート」といわれるように、つけてから時間が経つにつれて香りが変わっていくんですよね? それは、椅子や照明などにはない特性なので、興味深いです。
渡辺
厳密にいうと、レシピの中で短い時間で消えてしまう香料群を「トップノート」、最後まで香る香料群を「ラストノート」と言っていて、香りが変化するというわけではないんです。
北
変わるというより、残っていく?

渡辺
そうですね。どの瞬間に香っても“いい香り”であることを前提として、香料の種類が少しずつ減っていく時間軸を含めて、アコード全体として構成していくような感じです。たとえば店頭などで試す際はトップノートの印象が強いかもしれませんが、むしろアコードとしてはミドルやラストのほうにやや重きを置いて設計することで、クオリティを上げていくことが多いです。
山口
香水をつける人の体験を考えると、トップノートはつけた瞬間にまず香りを楽しむ“自分”のため、ミドルやラストは“周り”の人に香らせるため、のように思いました。
渡辺
周りに、というのはご指摘の通りですね。「シヤージュ(Sillage)」という言葉があって、船が進んだあとに水面に残る航跡の意味から転じて、香水の残り香を指すんです。香水を買う人、使う本人が心地よいことと、その人が立ち去った後に残るシヤージュが美しいかどうかは、また別の軸で考えたりします。
山口
とてもおもしろいです。ブランドデザインも、企業の側にいかに強く発信したい像があっても、受け取るステークホルダーにどう思われるかを完全にコントロールすることはできません。また、企業にとってインナーである社員や従業員にどう思われるかも、同様です。香水がひとつの完成品としての商品でありながら、使う人のためだったり、さらに周りにも作用するものであったりするという側面は、ブランドと似ているところがありそうです。
渡辺
冒頭で少しお話ししたように、特に香水の起源であるヨーロッパでは“周りに香らせる”ことが主眼だったので、おっしゃる通りだと思います。香水は今も土地柄を問わず、ファッション的なコンテキストで語られる面が大きいですが、私は逆に、身にまとったその人が「日常的に心地よくいられるか」を大事にしたいと考えています。

山口
それが、渡辺さんのクリエーションの軸なんですね。
渡辺
そうですね。ただ、香水は10年か15年に1回くらい、爆発的に流行る香りが生まれるんです。長い歴史における流行りというのは、ある種の“正解”なんだろうと思います。ひとつの香水を出発点に、似たようなストラクチャー(構成)を持つ香水がさらに数多く生まれてくる。
香水は、たとえばネット上の世界ほど流行り廃りは激しくないですが、その分、多次元に広がっていくんですね。数年単位で続く大きな波になっていく。それは、単なる点の流行ではなく、普遍と言えるのではないかと思います。
山口
私も広告やブランドデザインに携わる立場として、「今の世の中に何が響くのか」をよく考えていますが、今の世の中はかなり「わかりやすさ」を求める風潮にあるように感じています。AIに質問すればすぐに返してくれますし、その平易さやスピード感が、AIがまだ関与していない領域でも求められつつあるような。
渡辺
同感です。香水の領域でも、“シンプル”を謡うブランドが増えています。「シンプル=わかりやすさ」というわけではないですが、単にわかりやすくすることには、賛成ではないです。たとえば1種類の香料だけを際立たせるのは“わかりやすい”ものの、それは提案性のあるクリエーションなのか、というと私としては疑問があります。
香水って専門分野に思われがちですが実は参入障壁が低いので、市場を見て「こういうのが売れそう」と考えて売れるものをつくる、ことは可能ではあります。でも、つくり手として“いいもの”をつくりたいなら、私はむしろ、市場の反応を見てはいけない時代になっているのではないかと強く感じています。
山口
市場の反応を見ないというと、使う人、つまり「こういう人に届けたい」というターゲット像は想定しないということでしょうか?
渡辺
香水は一般的にはそれぞれターゲットが設定されていると思いますが、çanomaでは強く設定していません。ただ、ひとついうなら「知的な人」をイメージしています。çanomaは“わかりやすく”していないので、その前提で興味を持ってくれる方に親和性があるのではないかと考えています。
山口
わかりやすくすればするほど、理解する人の母数は増えるでしょうが、そうはしないと。
渡辺
はい。理想的には、店頭で香りを知ってもらって、催事なら私と直接コミュニケーションをとって、香りに“出会って”ほしいと思っています。

北
催事などでは渡辺さんはほぼ現場にいらっしゃるそうですが、立ち寄る方との会話を通してマーケティング的なフィードバックを得る観点はあるのですか?
渡辺
たしかに朝から晩までずっと店頭にいますね。でも、マーケティング的な観点は全然意識していないです。それならばなぜ店頭に立つのか、というと、香水の購買体験の入り口は“香り”であってほしい、という思いがあるからです。聞かれていないのに、香料のレシピをあれこれ話しませんし、ムエット(※香水を染み込ませた試香用の細長い厚紙)も置かない。私の理想としては、「こんにちは」から始めたいんです。
北
こんにちは、から?
渡辺
私との直接の会話を通して、çanomaの“わかりにくい”状態を保ちながら、ブランドと“出会って”もらう手助けをしたい。それが私が考える、香水との理想の出会い方、です。ブランドって一種の人格なので、こだわりはさまざまですが、こうありたいという人格がないならブランドなんて持つ意味がないんじゃないかと思います。
山口
çanomaというブランドに込められた思想を、少し垣間見られた気がします。ブランドデザインにおいても、決してすべてを伝えきることが正解ではなく、受け手ごとに何となく感じ取ってもらえればというところはありますね。説明しすぎると、野暮になるというか。
渡辺
そうそう、野暮になるし、でも売るためには野暮なくらいにやるのが正解なんでしょうね(笑)。自分を振り返ると、たとえば高校生のころは携帯やSNSの口コミなどなかったので、お店の住所を頼りに苦労してたどり着いたり、でも買って失敗したり。そういう経験にも価値があったなと感じます。情報や知識を足で稼ぐような経験は、今は失われがちですが、実は重要だったんじゃないかと思うんです。
北
あまりに説明しすぎると、ユーザー側にとってもマイナスかもしれないですね。自分から理解して、好きなものを選び取っていくから、消費者として成長するのかも。
山口
わかりやすいことばかりを提供するのが、ものづくりやデザインの正解ではないということですよね。1から100まで提示するのではなく、「この先に何があるんだろう?」と感じてもらえるように。それも“デザイン”と言えるのかもしれません。
渡辺
今回お二人とお話しして、自分としては「使い手のことをあまり考えていない」と思っていましたが、そうでもないなという発見がありました。どう使われるか、どう香るかは、自然と自分の中に組み込まれている。香水という商品のクライテリアのひとつなんだなと。そういう意味では、プロダクトやブランドのデザインと大枠は変わらない。受け手に作用する前提で、どこに重心を置くかのバランス感が大事なんでしょうね。
Photo by 末長 真

東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻卒業後、モルガン・スタンレー証券投資銀行部門にてJ-REITのエクイティファイナンスに従事する。2015年に渡仏し、Panthéon-Sorbonne及びParis-DauphineにてMBAを取得。2020年9月にパリにてçanomaをローンチ。現在では他ブランドの香り制作も請け負う。

博報堂入社後、財務、人事、営業、コンサル、公共部門を経て、2018年より博報堂グループのデザインコンサルティングファームであるHAKUHODO DESIGNに所属。2023年より現職。経営戦略・事業開発からブランディングまで幅広い領域でのコンサルティングを提供。2024年、博報堂が発行する雑誌『広告』の編集長に就任。ACCグランプリ、Spikes Asiaゴールド、D&ADグラファイトペンシルなど受賞。

多摩美術大学プロダクトデザイン専攻卒業後、デザイン事務所でプロダクト、グラフィックデザイン、ブランディングなどの経験を経てquantumに参画。MEDUMではインダストリアルデザイナー/アートディレクターとして、新規事業のクリエイティブに関わる企画~プロダクトデザイン開発~ブランディングなど幅広い業務に従事。プロダクトデザイン開発を担当したWheeliy2.0は「Dezeen award 2022」を受賞。